発行者: 04.12.2022

胸に抱く娘は、敵国エジプトの王が妃に望んだ少女だった。まばゆい黄金の髪に、霊峰エルジェスの万年雪を思わせる真っ白な肌を持つ。どこから来たのか、何者なのかもわからない。 その正体不明の娘が、汚泥にまみれた水を清水に変え、囚人どもを救い、瀕死の王の命をもその手で救ったという。いつかあらわれるナイル河の神の娘だと、民に噂された。 時のファラオ、メンフィスは、自分の命を救ってくれたこの娘をいたく気に入り、次第に深く愛するようになったとか。.
Copyrighted 著作権法内での利用のみを許可します。.
周りに控えている従者らの息を飲む気配がする。自国の王皇太子が、捕らえられた敵国の只娘に頭を下げようとしているのだ。信じられないという表情で互いの顔を見合っている。しかし彼はそれに構わず、手綱をひいて駱駝を止めた。 従者どもに先で待つように指示すると、厚手の布を深く被ったナイルの姫に向かって言葉を続けた。. イズミルは気づかれぬよう姫の天幕をそっとのぞいた。 こちらの姿が見えないので気をゆるませているのだろう、膝を抱えて座り、腿に顔を埋めて休んでいる。夜、彼女が眠っているのを見たことがない王子は眉をひそめた。.
はっと娘が顔を上げる。 暗闇から浮かび上がる白い頬、金糸のような細い髪が夜風に遊ぶ。青く黒く濡れた丸い種子のような両目が見開かれ、こちらを見つめている。その瞳も、髪と同じ繊細な黄金でたっぷりと縁取られている。 神秘的ながら、なにやら小さき獣のような愛くるしさである。. ふいにもう会えないかもしれない家族のことを思い出すと、途端に郷愁と不安が胸を突き上げる。徐々に瞳に涙が盛り上がり唇がわななきはじめるが、王子の前で泣くわけにはいかない。 そこにはない十字架を握るように胸に当て、ぎゅっと目を瞑ると、神に祈る。. 握られた手に力が込められる。 キャロルは固まったままだった。 王子は本心から自分を愛しているわけではなく、エジプトへの謀略、侵略のための道具としか考えていないのだと、そう思い込んでいたキャロルは、いよいよ動揺を隠しきれない。.
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- いつしか雲がたなびき月が翳る。夜が更けて、衛兵の灯す僅かな明かりのみを残しつつ、砂漠の陣営は闇と静寂に覆われた。 王子は暗闇でナイルの姫を腕に抱いたまま、己の欲望が膨れ上がるのを自覚した。手をこまねいて、エジプトに取られるくらいならば、一刻も早くヒッタイトに連れ去り自分のものにしてしまいしたい。 小さく可憐な姫に対して、我ながらあまりに獰猛な感情だとおもったが、いまさらどう抗ったところで、この想いは戻れない。.
- Copyrighted 著作権法内での利用のみを許可します。. ここで生きるためには、結局誰かのものとなるしか方法はないのだろうか。絶望の雲が揺れるキャロルの心を暗く侵していく。 強がって見せても両の目に悔し涙がにじんだ。それをイズミル王子は見逃さず、.
確かに、古代のルールを変えることはできない。でも人の心は少しずつ変えることができるはずだ。人の心の有り様は、きっと古代でもそう変わらない。 王子はなぜだか私のことを好きになってしまったみたいだけど、その気をなんとかして逸らせられないだろうか。 確かに怒らせると恐ろしいのは同じだが、何を言おうが聞く耳を持たないメンフィスより、理知的な雰囲気を持つイズミル王子の方がなんとかなるかもしれない。 そんな淡い期待を抱き、キャロルは王子の横顔をちらりと忍び見た。. 作品情報 電子書籍ファイル 共有. ふいにもう会えないかもしれない家族のことを思い出すと、途端に郷愁と不安が胸を突き上げる。徐々に瞳に涙が盛り上がり唇がわななきはじめるが、王子の前で泣くわけにはいかない。 そこにはない十字架を握るように胸に当て、ぎゅっと目を瞑ると、神に祈る。.
ヒッタイトはナイルの恵みを受けて富国したエジプトとは違い、荒野にあって、戦いにより他国の人民と産物を次々と懐柔しながら急成長していた国であった。 戦わねば、国の安泰はない。 それゆえ、王子イズミルは幼い頃より、常に冷徹であれと教育されてきた。行動の一切に私情を入れず、常に国のために父王のためにと腐心してきた。. イズミルの腹心、ルカはキャロルが好きだった。無邪気で愛らしく、ときに驚くべき賢さと行動力を見せるキャロルに、ルカ自身も惹きつけられた。 しかし恋を知らぬ少年は、イズミルが狂おしく彼女を求める様を見ても、胸の痛みを感じない。 主君イズミルがナイルの姫を得ることは、彼の心願でもあるからだ。.
エジプトの民たちやメンフィス王の強い想いも、現代からやってきたキャロルにとって重荷でしかなかった。だから逃げた。それなのにここでまた新たな愛にからめとられてしまう。 どんなに拒んでも、逃げても逃げても追いかけてくる。 愛されることから逃れられない。.
気がつけば古代に来てから同じことを叫んでばかりだ。メンフィスにしろこの王子にしろ、抱く感情は拒絶と逃避だけだ。 現代にいたとき、あんなにも思い焦がれた古代の世界に身をおきながら、自分はこの世界を受け入れようとしていなかった。.
みんなのつぶやき作品
イズミルの腹心、ルカはキャロルが好きだった。無邪気で愛らしく、ときに驚くべき賢さと行動力を見せるキャロルに、ルカ自身も惹きつけられた。 しかし恋を知らぬ少年は、イズミルが狂おしく彼女を求める様を見ても、胸の痛みを感じない。 主君イズミルがナイルの姫を得ることは、彼の心願でもあるからだ。. しかし捕らえられた娘はそんな王子の心を解するはずもない。最初はただの敵国の捕虜で人質だったこの娘を、王子はいきなり手ひどく痛めつけてしまったからだ。 当然ながら、以降彼女の心は深く閉ざされ、なにを言っても拒絶されるばかりだ。. ふいにもう会えないかもしれない家族のことを思い出すと、途端に郷愁と不安が胸を突き上げる。徐々に瞳に涙が盛り上がり唇がわななきはじめるが、王子の前で泣くわけにはいかない。 そこにはない十字架を握るように胸に当て、ぎゅっと目を瞑ると、神に祈る。. しばしの無言の後、王子は浅く息を吐くと再びナイルの姫を見つめた。細く壊れてしまいそうな肩をいますぐに抱きすくめたいと思うのに、彼女の目がそれを否と訴えている。 愛しい娘はいつものように、挑むようにじっと王子を見返していたが、やがて悔しげに目を伏せた。.
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しばしの無言の後、王子は浅く息を吐くと再びナイルの姫を見つめた。細く壊れてしまいそうな肩をいますぐに抱きすくめたいと思うのに、彼女の目がそれを否と訴えている。 愛しい娘はいつものように、挑むようにじっと王子を見返していたが、やがて悔しげに目を伏せた。. 作品情報 電子書籍ファイル 共有. Copyrighted 著作権法内での利用のみを許可します。. ここで生きるためには、結局誰かのものとなるしか方法はないのだろうか。絶望の雲が揺れるキャロルの心を暗く侵していく。 強がって見せても両の目に悔し涙がにじんだ。それをイズミル王子は見逃さず、. ゆったりとそう命じると、じっと視線を合わされる。 冴え冴えとした月影の許、キャロルは改めてイズミルの顔をはっきりと見た。エジプト人よりも彫りの深い顔立ち、意志の強そうな眉の下に、淡く透き通った琥珀のような瞳が埋まっている。その瞳がまっすぐにこちらを見つめている。 負けじと目をつり上げて見返す娘に、男は口許を緩めるとゆっくりと顔を近づける。 また口づけをされると思い、恐ろしさにぎゅっと目を閉じたキャロルだが、温かな吐息は鼻先を掠め、唇が右の頬に触れ置かれた。.
ふいにもう会えないかもしれない家族のことを思い出すと、途端に郷愁と不安が胸を突き上げる。徐々に瞳に涙が盛り上がり唇がわななきはじめるが、王子の前で泣くわけにはいかない。 そこにはない十字架を握るように胸に当て、ぎゅっと目を瞑ると、神に祈る。.
- 胸に抱く娘は、敵国エジプトの王が妃に望んだ少女だった。まばゆい黄金の髪に、霊峰エルジェスの万年雪を思わせる真っ白な肌を持つ。どこから来たのか、何者なのかもわからない。 その正体不明の娘が、汚泥にまみれた水を清水に変え、囚人どもを救い、瀕死の王の命をもその手で救ったという。いつかあらわれるナイル河の神の娘だと、民に噂された。 時のファラオ、メンフィスは、自分の命を救ってくれたこの娘をいたく気に入り、次第に深く愛するようになったとか。.
- 気がつけば古代に来てから同じことを叫んでばかりだ。メンフィスにしろこの王子にしろ、抱く感情は拒絶と逃避だけだ。 現代にいたとき、あんなにも思い焦がれた古代の世界に身をおきながら、自分はこの世界を受け入れようとしていなかった。.
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- はっと娘が顔を上げる。 暗闇から浮かび上がる白い頬、金糸のような細い髪が夜風に遊ぶ。青く黒く濡れた丸い種子のような両目が見開かれ、こちらを見つめている。その瞳も、髪と同じ繊細な黄金でたっぷりと縁取られている。 神秘的ながら、なにやら小さき獣のような愛くるしさである。.
(仮)王家の紋章創作(イズミルルート)①
サラ ここで生きるためには、結局誰かのものとなるしか方法はないのだろうか。絶望の雲が揺れるキャロルの心を暗く侵していく。 強がって見せても両の目に悔し涙がにじんだ。それをイズミル王子は見逃さず、. サラ サラ
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